年末になると必ず読み返している本が2冊ある。
一つは塩見直紀氏の『半農半Xという生き方・実践編』、もう一つは上野圭一氏の『代替医療₋オルタナティブ・メディスンの可能性』である。
結婚、一男一女の誕生を経て現在に至るまで、子育てだけでなくセラピスト業、子ども教育の現場においても、「立ち返るべき思考」として毎日の暮らしを支えてくれている。
2006年秋に長男を授かった。
家族が増えた。初めて父親になった。おむつを交換する。熱湯を使って哺乳瓶を消毒する。離乳食を用意する。お風呂にいれる。毎日、一緒に寝て、一緒に起きる。
長男は3歳のころ、手術を受けた。術後、車の後部座席で抱えた息子は、ようやく身体の緊張がほぐれたのか、いつもより柔らかく、そして小さく丸まっていた。
嫁さんが母乳教室へ通い始めた。
予約ができない教室だが、前夜0時からは順番取りができる。車を15分ほど走らせて、教室の玄関先へタオルを置きに行くのは父親の仕事である。
おむつが足りないことに気づいて、夜中に買い出しに行ったこともある。どの種類にしようか迷うこともあったが、我が家はパンパース派だったように思う。
成長するにつれ、夜泣き、発熱、下痢など、いろんな症状が出てくる。困ったときに拠り所となる病院を探した。自宅でできるおてあてを覚えた。
そんな真っ只中で出会ったのが「ロハス」という言葉である。最初はカタカナで覚える程度だったが、のちに、LOHAS=Lifestyle of Health and Sustainability. <健康で、持続可能な生き方>という深い意味があることを知った。特に「持続可能」という言葉に惹かれた。
その後、この「LOHAS」をきっかけに、自分の頭のなかを作り変えようと、様々な生き方を模索し始めた。
LOHASっていいな。
その響きに心が救われるような思いがした。ただ、「じゃあ、どうしたらいいのか」がわからない。そんなとき、自宅近所の本屋で偶然手に取って読んだのが『半農半Xという生き方・実践編』である。
半農半Xとは、(中略)自ら米や野菜などのおもだった農作物を育て、安全な食材と自然からのインスピレーションを手に入れて、かつ、個性を活かした自営的な仕事に携わり、社会から「ありがとう」の声をかけてもらいながら、一定の生活費を得るバランスのとれた生き方である。
お金や時間に追われず、本当に大事なことに集中し、人間らしさを回復するライフスタイルの追求である。
【半農半Xという生き方・実践編】
2007年。
理想の暮らしを夢見ていた一方で、自分の身体は悲鳴を上げていた。定期的に襲ってくる頭痛に悩まされ、そのたびに頭痛薬を飲むようになっていた。最初は1回2錠のところを1錠にしていたが、そのうち1回2錠になり、ついには、夜中にどうしようもなくなり救急病院へ駆け込んだ。
病院のベッドに横たわり、点滴を打っていると痛みはすぐにおさまった。
身体は楽になったが、家に帰っても気持ちは沈んだまま、落ち着かない時間だけが過ぎていった。
思い描いていたことと何かが違う。まさに綱渡りのような状態だったのかもしれない。
ある日、「一週間の断食体験レポートを書く」という機会が訪れた。仕事上とはいえ、全国にたくさんある施設の中から、行き先は自由に決められるというオファーであった。
当時、断食のメッカといえば、伊豆であった。念入りに下調べを行い、滞在先は伊豆の「ヒポクラティック・サナトリウム」に決まった。石原結實先生が提唱する「人参・りんごジュース断食」の聖地である。
断食といっても、ただ食べないだけではない。毎日、生姜紅茶を飲み、積極的に歩く。東洋医学の視点による身体論を学び、自分自身と向き合う日々が始まった。
3日目あたりから舌が粘つき始め、身体の内側が、少しずつ、確かに洗い流されていくことを実感した。
7日間の滞在後、身も心もスッキリと軽くなった。
さらに驚いたことに、あの頭痛が断食を境にすっかりと消えてしまった。あれから20数年、あの痛みは一度も戻ってきてはいない。
身体が空っぽになり、感覚が研ぎ澄まされたその時、もう一つの出会いが待っていた。上野圭一氏の著書『代替医療₋オルタナティブ・メディスンの可能性』である。
当時は、中医学を本格的に学び始めて3年が経ったころである。「中医学がNo.1だ!」と信じ込んでいた私に、この本は強烈なインパクトを与えてくれた。医療の専門書だと思ってページをめくると、最初に私の目に飛び込んできたのは、意外にも「オーガニック野菜」の話だったのだ。
オーガニック農産物がすぐれているのは、おいしいから、安全だから、健康にいいからといった、人間にとって都合のいい理由ばかりではなく、それらが持続可能な方法によってつくられるものだからです。
【代替医療₋オルタナティブ・メディスンの可能性】
「持続可能」に再び出会った。
これまで「野菜は野菜」、「医療は医療」とバラバラに捉えていた視点が、初めて一本の線でつながった。
伊豆での7日間の断食体験を経て、身体の細胞が生まれ変わったことを感じつつ、さらに人生を切り拓くための「種」を見つけたように感じられた。
『代替医療』を読んでいると、著者の上野さんにどうしても会いたくなった。ある日、大阪での対談イベントに来られることを知り、一目散に向かった。この日の対談は上野圭一さんと辻信一さんであった。
辻信一さんは「スローといえばこの人」と言われる方で、ナマケモノ倶楽部の代表を務めている方である。お二人の屈託のないトークが興味深く、対談はあっという間に終わってしまった。
最後に質疑応答の時間があった。上野さんになにか聞きたい。なにか聞いて、上野さんに応えてもらいたい。どうしよう。とにかく手を挙げた。
「患者さんに、どのようなアドバイスをすればいいか迷うことがあるんです。そういうときはどんなことを伝えれば良いのでしょうか?」
「暮らしを調える、がいいと思います。でも、それじゃ患者さんは喜ばないかもしれないけどね。お客さんが減ってしまうかも」(少し笑いながら・・・)
「ありがとうございます。大丈夫です。僕は売上至上主義ではないので・・・。暮らしを調えるとは具体的には何を指しているのでしょうか。例えば睡眠や食事のことでしょうか?」
「それは食、動、想、息、絆にまとめられると思います」
「ありがとうございます!」
その場で、お礼の言葉を述べ、質問時間が終了した。
食・動・想・息・絆…。
伝えやすいし、覚えてもらいやすいかもしれない。
食:一汁一菜、重ね煮、まごわやさしい、腹八分目
動:毎朝10分の体操、散歩、畑
想:ジャーナリング、ペットのお世話、掃除
息:森林浴、気功、呼吸法
絆:地域、家族、友人、同僚、自分自身
【キーワード例】
この5つのメソッドは、もしかするとずっと探していた<答え>になるのかもしれない。
お話会や施術会などでアドバイスを求められた際には、都度「暮らしを調える:食・動・想・息・絆」を熱心に伝えるようになっていた。
2013年は我が家にとって一つの転機であったように思う。
長男が小学生になるタイミングで現在の住まいに引越しをした。また、その年の6月には長女が誕生した。新しい家族が増えて、賑やかな生活が始まった。
2人目の子育てとなると、慣れていることもあるが、忘れてしまっていることが多かったように思う。
初心に帰って、日々の暮らしをていねいに営むよう心がける。
自宅の庭で陽当たりのよい場所「1㎡」を耕してキュウリの苗を植えた。これが初めての畑である。
ある日、ご近所の方から「畑を一緒にしませんか」とお誘いを受けた。自宅から徒歩1分のところにある畑の一部をお借りすることになった。
広さを測ってみると、ざっと300㎡ほどあることがわかった。約90坪、一般的な25mプールの大きさとほぼ同じである。土地柄もあり、黒大豆を中心に季節の野菜を栽培している。
2017年5月より、探究学習型のオルタナティブスクールで、小学生の子ども教育にも携わるようになった。
元気いっぱいの子どもたちと過ごす日常は、家庭における子育てとはまた違うものである。対等に関わり合い、笑い合う。また、身近にいる大人として、きつく叱るときもある。
日々、子どもたちも大人もお互いに成長していくものだと実感している。
2026年になった。
その後、この5つのメソッドを自ら実践し、伝え続けていくなかで、いつからか違和感を覚えるようになった。
「やり方はわかってる。でも、何かが足りへん。このままやったら、まだ中途半端やなぁ・・・」
ちゃんとやらなアカン、と思えば思うほど、ただの『作業』になってしまうような気がしていた。頑張ろうとするほど、窮屈になっていく。だんだん、わからなくなってきたのである。
5月に入って、野鳥の鳴き声がよく聞こえる朝を迎えた。
いつものようにワンコと散歩に出る。行く先のほうでチョンチョンと跳ね歩いているヒヨドリが見える。道の脇に咲いている花を見る。明るくなり始めた空を見上げる。公園が見えてきた。いつもの野鳥スポットに着いた。「あ!」っと、瞬間的に閃きを感じた。
そして、それはすぐに「Timescapeや!」という言葉に変わった。
足を止めて、ワンコと一緒に公園の端っこにある階段に座る。
「懐かしい!むかし読んだ雑誌に書いてあった言葉や。<その時×その場所>が大事なんや!」
野鳥の鳴き声がするほうへ目をやり、ふーう、と息をついた。






